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行動サプリ・コーチング
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あれこれ

行動サプリ

外界の支配を受けない=すべては自分の責任=自分が選択・対処ができる

うわ、またなんだか面倒そうな話・・・と、引きそうかもしれません。
このサプリは、やや大粒ですが、
ぜひ要点だけでも目を通してみてください。

・自分の外からやってくるものごとは「刺激」ではあるが、
 自分のフィルターを通してしか、行動はできない。

・なので、自分の外からの刺激には、自分がOKしない限り
 「支配」はされない

・「責任」とは「選択することが自分には可能だ」ということ

・外界の刺激が「不便」や「不都合」なことあっても、
 自分がOKしない限り、「不幸」になることはない

ものごとは受け取り方次第・・・という言葉を、
聞いたことがありますよね。
本当にそうなら、苦労はしないよと思われたこともあるでしょう。

行動サプリ・コーチングでは、
「現実に、ものごとは受け取り方次第!」だと考えています。
受け取り方(フィルター)が変化することで、
自分の外からの刺激はあっても、支配されることはなくなり、
自分のフィルターは、自分で変えられると考えます。

ちょっと飛躍していますね。例を挙げてみましょう。

上司と、どうもうまくいかない・・・。
何を提案しても、言われたことをこなしても、
話が食い違ってしまう。
要はニガテなんだよな・・・ということがあるとします。

あなたの思いは、ここからどんな風に進んでいきますか?

自然なコミュニケーションなんて無理だし、
大体、指示出すのはあっちの仕事でしょ!
仕事だからしょうがないけど・・・と思った後に
ぜひ、「で、今ここで何ができるかなあ?」という方向に
意識を向けてほしいのです。
(そう、ソリューション・フォーカスの方向です!)

「で、今ここで何ができるかなあ?」に意識を向けると、
「上司をニガテに思っている事実」は変わらなくても、
案外できることが見つかります。

「今ここで何ができるかなあ?」

たとえば・・・

→仕事の手順の相談のフリをして、指示を出させちゃおう
→「アドバイスが助かりました!」と感謝してみて、反応をチェックしてみよう
→きちんと作業をこなしながら、同僚や上司筋の人に相談できる機会を待とう
→異動のネタがないか、他部署の同期と連絡をとってみよう

「ああもうヤダ。どうしよう。」「もう全部リセットしたい!」と、
心をこわばらせるよりは、「上司がしんどい」を前提に、
「今、自分がここで出来ることは何かなあ?」と考えた方へ動くと、
ものごとが流れやすくなります。ラッキーな偶然が起きるのも、
現状をもう前提条件と考えて、次の行動をしている時が多いものです。

逆に、あんな上司と仕事なんてできるか!、とか、
私がダメだから、能力が、相性が、タイミングが悪いから・・・と、
「気に入らない状況の犯人探し」に意識を向けると、
「自分を責める」か、「自分以外の誰か/何かを責める」方へ行ってしまいます。

「責める」ことには、インスタントな魅力があります。
でもこれは「インスタントで、チャラいラクさ」の魅力です。
「自分/誰か/何かが悪いから、こうなった。」には、
次の展開がなく、本物の「ラク」に行き着けません。

「行動サプリ」を読んでくださっているあなたには、
ぜひ、「本物のラクさ」を手に入れてほしいと思います。
これを切り抜けるポイントは、
「自分が本当にしたいこと、望むことは何か」を、
掘り起こして言葉にすることです。

現状や起きたことを前提として、自分の本当にしたいことの方向へ
進む算段をして、行動する。
これが、自分が今ここにおいて「選択」をするということ、
「その場の主となる」ことだと、私は解釈しています。

自分があらゆる時と場所で、選択ができると、
不便や不都合なことに出会っても、
それに対処する方法を考えて、行動が出来ます。
つまり、外界の支配を受けない、自由な状態となります。

この「自由」が「本物のラクさ」です。

対処している途中で、不便な状況にあるとか、
まだ不都合なままである、ということはあっても、
その不便や不都合のせいで、「不幸」にはなりません。
不機嫌になる必要もなくなります。

ちなみに「責任」とは「選択することが自分には可能だ」ということです。 
「お前が悪い」とか「誰のせいだ?」という意味ではありません。

でっかいサプリでした!
大きめサプリついでに、「外界の支配を受けない」の格言を引用してみます。
せっかくなので、洋の東西両方がひとりずつ。
知名度が微妙なので、ことばと時代と職業から、
どんな人か類推してくださいね。

 ◎「随所に主となれば、立所皆真なり」
 (TPOがどんな場合でも、その場の主となるだけの
  自由を持つことが出来れば、いかなる境地に立っても意義がある)
-臨済義玄(9世紀の臨済宗の開祖)

 ◎人間というものは、いかに傷つけられようと、
    自分がその責任者であれば、傷の痛みも薄らぐというものだからである。
-マキアベッリ(16世紀の政治思想家)『政略論』より)